私がノエビアビューティサロンYOUを経営することになった理由。その2

菅原裕子の日常

昨日のブログの反響が大きくて
驚いている菅原です!!
皆さんが何に反響しているのかと言えば……

 

これ……。

 

 

18歳の菅原と

今の次男が同じ顔(笑)

確かにカツラ被せて口紅塗ったら
どっちがどっちだか分からないかも(笑)

恐るべしDNA (;^ω^A

あ、こんな話はどうでも良かったですねあせる

 

昨日のブログの続きを書きます。
興味がある方だけ読み進んでね!
昨日のブログを読んでいない方はこちらから。

 

結婚・妊娠を機にサロンを退職。
子供が少し大きくなって、また働き始めた私は色んな仕事を経験しました。
↓↓↓
私の職歴。

その頃、このサロンは前社長(ご主人)と専務(奥様)、そしてサロンの後継ぎの1人娘さんとで文字通り家族経営されていたの。

私がいた頃は、従業員が何人もいたけれど
代理店さんやお客様の高齢化に伴い
売上げはその頃の半分以下。
なので他に従業員はいませんでした。
でも、娘さんが後継ぎとして入社してくれて
社長も専務もとても嬉しそうだったし、心から安心したみたいで、私も「これでまた、業績も伸びるだろうし安泰だなぁ。」と喜んでいたの。

ところが今から13年前の事…
そのたった1人の娘さんが入社して1年で急逝するという信じられない事が起きてしまったの。
18歳の頃からこの会社にお世話になっていた私は、娘さんが小さな頃からよく知っていて塾の送り迎えをしたり、彼女が好きな芸能人の話しをしたり…年の離れた妹的な存在で、結婚式にも出席させてもらいました。

朝刊の死亡広告を見てもまだ信じられなくて
主人は娘さんじゃなくて奥様が亡くなったと勘違いしたくらい…。
まだ32歳の若さで、小学2年生と保育園に通う2人の子供を残しての急逝でした。

葬儀には参列したものの、
後継ぎの1人娘さんを亡くし
2人がどんな想いでいるだろうと思うと
慰めの言葉も思いつかない日々…。
励まそうとサロンに出向いたところで
娘さんのコトを思い出せば辛い思いをさせてしまうと悶々としていた時…
「それでも嬉しいはずだから、行ってあげなさい。」と母の一言が私の背中を押してくれました。

憔悴しきっていてもお客様に迷惑をかけられないから、きっとお店は開けているのだろう…
そして、人手が足りなくて困っているのだろう…。
そう思った時、他に仕事を持っていた私だけど「忙しい時だけでも手伝うよ!」と口をついて出ていました。
この仕事は商品知識が必要で、お客様のお顔と名前が一致するまでにもかなりの時間が掛かります。
せめて新しい従業員が入社するまで…その人が仕事に慣れるまで、必要な時だけでもお手伝い出来たらなって思ったんです。

社長も専務も、とても喜んでくれました。
最初は月に数日。
そのうち専務の希望で数時間の勤務を毎日…
新しい従業員が入社する気配もなく…と言うか探してもいないでしょ??(笑)って感じで、
気が付いたら昔のようにサロンで働いている私が居ました(^_^;)

サロンに復職した頃の私と専務。

こうして13年ぶりにサロンに復職した私。

それからまた、サロンを経営するようになるまでには紆余曲折あるのだけど、その話はまた明日…。

 この記事の投稿者

菅原裕子

北海道 釧路市でノエビア化粧品のサロンを経営しています。ブライダルメイクで培ったメイクテクニックで女性を若返らせることを中心に「仕事と家事と子育てに忙しい釧路のママ」の毎日を楽しくする為の様々なメニューやイベントを毎月開催中♬ お酒が大好きで365日かかしません!
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